Today's Insight

2025/6/30 10:30作成

米国:労働市場の調整は加速するのか

■ 求人倍率が1.00倍に接近し労働需給が概ね均衡したため、失業率の上昇ペースは今後加速へ
■ 完全雇用は保たれているが、雇用情勢悪化の初期兆候である長期失業者の増加も観測される

 当行は先月、米国の政策金利見通しを修正し、米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者の見通しよりも積極的な利下げを引き続き予想した。本稿では、根拠の1つとして挙げた労働市場の調整が今後加速していくという仮説の背景や米国の労働市場の現状を整理する*1。

 米連邦準備理事会(FRB)の引き締め的な金融政策によって労働需給の調整が進展し、労働需要の大幅超過は解消に向かっている。労働需給を表す求人倍率(失業者1人あたりの求人件数)は、2.00倍を上回る水準まで上昇した2022年以降は基調的に低下し、最新値(4月:1.03倍)では需給均衡を示す1.00倍に接近している。求人倍率が2.00倍超から1.00倍程度まで低下する過程で失業率は3.5%から4.2%へ上昇したが、労働需要超過は続き、自然失業率と推計される4%程度で安定している。労働需給が概ね均衡した今後は労働需要減少に伴う求人倍率の低下が失業率の上昇につながりやすくなり、過去のコロナ禍以前の失業率と求人倍率の関係性や需給調整メカニズムに従えば、求人倍率が1.00倍を下回る局面では失業率の上昇ペースは加速すると考えられる。もっとも、これは求人倍率1.00倍未満でのコロナ禍以前の関係性への回帰を前提とした考え方であり、コロナ禍前後で労働需給に構造変化が生じ自然失業率が上昇している場合は、失業率と求人倍率の関係性も変化する可能性がある。

 現時点では、米政府の関税政策や移民政策による労働市場の変調を示す兆候は限られている。昨夏に景気後退判定の閾値(0.50)を上回ったサームルール景気後退指標(5月:0.27)や、これを発展させ失業率と求人率から景気後退確率を推計するMichez(Michaillat / Saez)ルール景気後退指標(5月:0.30、景気後退確率1.9%)は、いずれも景気後退シグナルを灯していない*2。現在の失業率はMichaillat / Saezが推計する完全雇用失業率(FERU、5月:4.29%)を下回っており、完全雇用が保たれていることを示唆する。景気後退期に急増する傾向がある解雇件数(4月:178.6万件)は基調的に横ばい圏で推移しており、急激な雇用調整も特に観測されていない。ただし、より速報性が高いデータである失業保険継続受給件数(6月14日終了週、4週平均194.1万件)は2021年11月以来の水準まで増加し、増加ペースも5月以降加速している。長期失業者の増加は雇用情勢の悪化を示す初期段階の兆候と考えられ、悪化が継続する場合は労働市場の調整が加速すると考える筆者の仮説が補強されそうだ。

*1 詳細はPRESTIA Insight 2025.06.24「米国:政策金利見通しを修正」
*2 Michezルールは経済学者パスカル・ミカイラとエマニュエル・サエズが開発した早期警戒指標で、失業率の上昇と求人率の低下から景気後退確率の算出やサームルール対比での早期検出を試みている


投資調査部
シニアマーケットエコノミスト
祖父江 康宏

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