Today's Insight

2024/7/26 11:00作成

欧州:ECBが重視している「データ」とは何か

■ ECBはフォワードルッキングな政策判断を下すため、独自の調査・分析のデータを活用している
■ 足元では6月の利下げ決定の根拠とされたデータの一部で見通しに反する動きが観測されている

 欧州中銀(ECB)は18日の理事会で、今後の政策金利調整に関してガイダンスを変更せず、毎会合データに基づいて判断していく従前の方針を継続した。ラガルドECB総裁は、理事会後の会見にて次回9月のECB理事会に関して「事前に決定している道筋はない」と述べ、現時点では判断は流動的であることを強調している。

 ユーロ圏の経済統計は速報性にやや難があるため、ECBは「フォワードルッキング(先見的)」な政策判断を下すべく、独自の調査・分析によりインフレ期待や基調インフレ率を測定している。ECBが定期的に行う調査には、「専門家予測調査(SPF)」、「消費者期待調査(CES)」、「企業電話調査(CTS)」、「企業金融アクセス調査(SAFE)」などがあり、専門家の物価見通し、家計や企業のインフレ期待・賃金上昇率見通しの変化を追跡している。また、賃金やインフレ率の基調を捕捉するため、「ECB賃金トラッカー」、「基調インフレ率(PCCI、Persistent and Common Component of Inflation、持続的かつ共通的インフレ構成要素)」など指標を作成している。6月の利下げはこれらがインフレ鈍化を示唆していることに基づき決定され、ECBは労使間の賃金交渉や企業の価格設定行動を重視していることがうかがえる。

 ECB理事会以降、複数の調査結果が更新されている。19日に発表された7‐9月期のSPFでは、インフレ率見通しは2024年(2.4%)、2025年(2.0%)は4‐6月期から変化はなく、2026年(1.9%)が0.1%ポイント引き下げられた。ただ、2024、25年の見通しは6月のECBスタッフマクロ経済予測を下回っており、ECBの想定よりも急速なディスインフレ過程が見通されている。また、同日発表の域内主要非金融法人62社との面談概要(6月17-26日開催)では、物価・賃金に関して、サービス業で相対的に高い上昇が続くものの全体的には安定し、上昇ペースは徐々に鈍化していくことが見通された。この結果は15日発表のSAFE(2024年6月調査)で示されたインフレ期待や賃金見通しとも概ね整合し、企業の期待インフレ率の低下を示唆している。一方で企業からは、紅海地域からの船舶迂回により運賃や在庫コストが一段と上昇していることが報告され、2024年に続いて2025年も高い賃金上昇率(3.5%)が見通された。足元でも賃金トラッカーは6月に上昇ペースが再加速している。ECBは一時的な要因によるインフレ加速を想定しており、これらが直ちに政策判断に影響する訳ではないものの、見通しに反する動きが観測されていることは金融引き締め度合いを一段と緩める障害となっている。


投資調査部
シニアマーケットエコノミスト
祖父江 康宏

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