Today's Insight
2025/10/14 10:30作成
欧州:ベヴァリッジ曲線が示す労働市場の変化
■ ユーロ圏では失業率は低位安定しているものの、労働需要を示す欠員率は低下が続いている
■ ベヴァリッジ曲線はコロナ禍以降の労働市場の構造変化を示唆している可能性がある
ユーロ圏では2010年代半ばの欧州債務危機以降続いてきた趨勢的な失業率の低下や失業者数の減少が2024年後半で一服し、失業率(8月:6.3%)は統計開始以来最低水準圏で安定している。一方、労働需要を示す求人動向はこれと異なる動きを示し、四半期ごとに公表される欠員率(4-6月期:2.3%)は過去最高だった2022年4-6月期の3.5%から徐々に低下し、コロナ禍直前の水準を下回っている。欠員率は求人数を就業者数と求人数の合計値で除した水準であり、潜在的に必要とされる労働者の総数に対する欠員の比率を示している。失業率と欠員率は一般的にベヴァリッジ曲線と呼ばれる負の関係性があり2022年前半までは比較的安定した関係が観測されていたが、2022年後半以降は失業率が低下もしくは低水準で安定するなかで欠員率が持続的に低下し、ベヴァリッジ曲線からの乖離が明確になっている。
欠員率の低下は労働需要の減少を示しており、2022年後半から直近までの累積低下率は、景気後退期に相当する2四半期以上連続のマイナス成長に陥った欧州債務危機時やコロナ禍時を上回る。それでも失業率が安定している背景には、コロナ禍以降に生じた複数の構造変化が指摘される。在宅勤務や副業などの多様な働き方の浸透、高齢化に伴う製造業での熟練労働者の減少、新規採用コスト高騰などの要因が重なり、企業が離職防止や労働力確保のために余剰人員を許容し、労働調整は雇用よりも労働時間が優先されるようになった。企業が労働力の囲い込み(labor hoarding)を強めて労働需要、労働供給の双方が抑制されていることが、失業率の安定に寄与していると考えられる。
ユーロ圏では労働需給メカニズムに従って求人と賃金は連動しており、労働契約に基づく賃金変動を集計する妥結賃金は欠員率に1年ほど遅行して変動する傾向が観測される。欠員率が2%台半ばを下回る状況では4四半期後の妥結賃金の上昇率は概ね前年比2%前後にとどまり、2023-24年に前年比4-5%台へ高まった賃金上昇率は、欠員率低下に応じて今後上昇ペースが鈍化する可能性が高いことを示唆する。欧州委員会や欧州中銀(ECB)は、2026年も労働力人口を上回るペースで雇用が増加し、さらなる失業率低下を見通している。一方、求人、賃金など労働需要指標は緩やかな労働調整の進行を示している。労働市場の構造変化はインフレ非加速的失業率(NAIRU:Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)を通じて中立金利推計の論点となる要因であり、中期的観点で今後の動向が注目されよう。
投資調査部
シニアマーケットエコノミスト
祖父江 康宏